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テロ(書評) [■BOOK・COMIC]

満足度★80点


テロ

テロ

  • 作者: フェルディナント・フォン・シーラッハ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2016/07/11
  • メディア: 単行本


■命の尊さは数で比較できるか

旅客機をハイジャックしたテロリストが、7万人が詰めかけるサッカースタジアムに旅客機を墜落させようと計画していた。
時間が迫るなか、コッホ空軍少佐は命令に反して旅客機を撃墜する。
彼を無罪にするべきか有罪にするべきか、という思考実験的な話である。

同著で提示されている法的根拠からすれば有罪となる可能性は高いであろうが、それとは別に自分なりに考えてみました。
断腸の思いで…やはり有罪にすると思う。
なぜなら、「どうして観客を逃がすことを提案しなかったのか」という検事の言葉にギクリとしたから。

コッホ含め、登場する軍の関係者らは「7万人か100人どちらを犠牲にするか?」ばかりを考えて、「全員が助かる道」を考え尽くしたといえないと思った。

もし検事の言うとおり、「コックピットに乗客が入り、テロリストを拘束する」可能性があったとしたならば、コッホは乗客が生き残ることができる一つの手段を奪ってしまったのである。

どちらも手を尽くした結果、死に至るのはしょうがないと思う。
もちろんコッホには悪意はなく、彼なりの正義から行った行為ではあったのだろう。
しかしそれも絶対そうだとは言い切れない。何故なら他人の思考を科学的に計るすべが無い限り、「彼の行為が良心から来るものか」を断定することはできないから。
法で裁けるのは結果でしかない。一個人が同意もなく生殺与奪してはならない。

映画【ダークナイト】でもジョーカーが無辜の人々の命を、同じように天秤にかけたことがある。
罪人達だけが乗る船と、一般人が乗る船それぞれに爆弾を仕掛け、両方にスイッチを渡し、先にスイッチを押した方を助けるというのだ。
両方の船で、命をかけた議論が巻き起こる。なんと一般人がスイッチを押すことを先に提案する。「相手は悪人だから」という理由で。しかし罪人達が先にそのスイッチを捨てるのである。

ここでもしどちらかがスイッチを押してしまったら、ジョーカー=テロリストの言いなりになったも同然だろう。

彼らは他者の命を奪う権利は誰にもないと考え、もしその結果全員がジョーカーに殺されてしまったとしても、希望を捨てなかったことをテロリストに示せると考えたのである。
そして最後まで生き残る可能性があることを信じ続けた結果、全員助かるのである。

もちろんこれは映画の話なので理想論的な結末ではある。
「たとえば一人が死ぬことで、種の絶滅を防ぐことができる」などの条件が与えられたら、意を翻して命を数で比べてしまうのではないかと思ってしまう自分もいる。

ハイジャックしたのが、これが致死率100%の ウイルスを抱えたテロリストだったら?
国が混乱に陥ること必至の要人ばかりが搭乗していたら?
悲しいかな、人間は完全平等にはなりえない。
種の保存上、秤にかけるのはしょうが無いのかもしれない。

それに人間は人間以外の動物が増えれば殺すし、絶滅危惧種は保護をする。
それは命を「数」で秤にかけていることに他ならない。
そうやって、頭の中はどうどう巡りになる。

しかし法治国家の原則が崩れてしまい、その後に待ち受けている世界を考えると恐ろしい。
結局、私たちは御託を並べてルールを決めて生活しなければならず、そうして決めたルールを、自ら放棄してはいけないのだと考える。
完全なる法治国家に少しでも近づくために、法律自体を見直し続けること。
改めて基本中の基本を、この本で教えてもらった気がする。

巻末に、風刺画がきっかけでテロ被害にあったシャルリー・エブドに向けて語った著者のスピーチが、掲載されていた。
「あなたの雑誌は軽佻浮薄で、激烈で、ふざけるなと言いたいくらいです」としつつも、
「しかしそうすることで、わたしたちの自由を表現し、具現化してもいるのです。あなたの雑誌は何百年にもわたる闘争と抑圧と苦悩の末に作り上げられたこの世界の一部なのです」と語っていた。
表現の自由の尊さを語る、簡潔で明瞭で模範的な答えが提示されていると思う.


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