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5/9 ルドン-秘密の花園@三菱一号館 [■ART]

●HP…http://mimt.jp/redon/ 

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ルドンの個展は珍しい。私はルドンといえば全然怖くない一つ目巨人の【キュクロプス】が好き。

あの、夢見るようなうっとりとした目で、女を見つめるキュクロプスの異形さといじましさ。一つ目だけで雄弁に語る目の表情。巨人に似つかわしくない、おだやかな春のイメージ。面白いなぁ。


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残念ながらキュクロプスは展示リストにはなかったが、行ってみると、知らないことばかりでたくさんの発見があった。
彼に多大な影響を与えたのは植物学者のアルマン・クラヴォー。のちに(理由はしらねど)自殺してしまったのだが、彼が顕微鏡で見せた細菌などの小さくて奥深い世界が、ルドンの絵画に深い影響を与えていた。

毛が生えた植物に人の目…人間のパーツに微細の繊毛、蠢く小さな生き物たち。
ルドンの目には空気中にでさえも、目に見えない生き物が漂って霧散しているかのように見えたのかもしれない。
アルマンが死んでからも、空や花瓶、絵画のそこかしこにアルマンらしき男の横顔のシルエットが浮かび上がる。

【ドムシー男爵の宮殿】の食堂を飾るミモザの群れ。
飛んでいる蝶は華のようにも毛虫のようにも見えるし、枝の上に漂う謎の三原色は、引いて見ると、枝の上に潜む男のようにも見える。

彼は自分の作品に殆ど解説をしなかったという。見る者の解釈の自由に作品は委ねられているのだが、「毎日同じ場所で同じ風景をみなさい」と言ったコロー、広大なミクロの世界を魅せてくれたアルマン、この2人との関係を知ると、ルドンの世界はグッと身近になる。コローに応えるように描いた老人の絵は、根の生えた樹木のようでもある。
きっとコローは「同じように見えても、同じ風景は二度とない」ことを伝えたのだと思うし、アルマンは表面には何もないように見えて、実はたくさんの知らない生き物で世界は構築されてることを教えた。
ルドンの絵画はロールシャッハテストのごとく、様々な物が様々な物に見えていく。
友人と私、同じ絵画でも全く違う形が浮かび上がって見えて、その感想を伝え合うだけで面白かった。

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↑オルフェウスの首からたくさんの何かが生まれているようにも見える

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↑植物のような妖精のような「森の精神」

宗教やキリスト教の世界観も忘れてはならない。
『我にふれるな』は復活後の有名な一場面だが、キリストが立っていた赤い虚のような物は一度自分が葬られた洞穴かもしれないし、男女の仲だったことを示唆するマグダラのマリアの女陰の象徴なのかもしれない。
また、宗教系に赤い謎の木が頻繁に登場するが、イエスのこれからの受難を血のように表現したのか、はたまた彼も他の人間と同じように女の赤い血から産まれた、沢山の数ある命のひとつとして表現したのか?とも考えた。

自伝を読んだことがないので、解釈は間違ってるかもしれないが、まあそれはそれでいいかなとも思う。
感受するのは自由だからね。

それにしても、花瓶に大胆に青や赤を使っているのに、なぜ陶器のつやめきが表現できるのか。
幻想的なモチーフばかりが目にいくが、彼は相当な色の手練れだと思った。【グラン・ブーケ】はパステルで描かれている。相当の量のパステルを使っただろう=下は写真が許可されているパネル室。

後に何故か、ルドンは灰色の時代ともいえる灰色の作品が増えている。この灰色は枯山水のように靄がかり、それはそれで繊細なのだが、世界が冬眠しているかのように地味で好きじゃない。

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最後に「装飾プロジェクト」というテーマでルドンが手がけた椅子やタペストリーのデザインも展示されていたが、布地だと彼のパステルの可憐な世界は全く生きないと思った。

たっぷり2時間堪能した後は、この日は寒の戻りかと思うくらい寒かったので、帰りは東京駅のラーメンストリート【ソライロ】で野菜ラーメンを。

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レアンドロ・エルリッヒ展とストリート・ディベート [■ART]

■レアンドロ・エルリッヒ展


こんなに体を動かして汗をかいた展覧会は初めて。

スマホかデジカメだけ持って、コートとバッグを預けることをお勧めします。


展示品はそれほど多くありません。ただ、一つ一つが童心に返ってしまうような作品ばかりで、何度も遊んでしまう。

「反射する港」は、反射していると思わせて、水面のゆらぎを立体化した物。

「雲」は、無形のものを人間は無意識に身近なものと結びつける性質があって、そのことを逆手にとってアートにしたそうです。様々な国の形をしてましたが、結構難しかったです。

「教室」は亡霊となって懐かしい場所に戻ってきたようです。

「失われた庭」は、自分が在りし日の思い出の一部となったようでもあり、タイムトラベラーとなって自分の過去を覗いているようでもある。

「建物」はリアルの自分のことをすっかり忘れて、鏡に映る自分に夢中になってしまう。

こうやってたまに、思い込みや既視感を覆されると快感ですよね。


子どもが思いつくようなアイデアなのですが、使われている色やアイテムのセンスがいいんですよね。

現代的なのに、どこかノスタルジックで、洗練されている。

エルリッヒさんはインタビューで「観る者が主役になる芸術を目指している」と言います。

鑑賞者が参加することで完成するアートはまさにそれを具現化した物。

反射文字で書かれたTシャツを着ていた写真からは、とっても良い人柄が伝わってきました。

理屈抜きで楽しい展示品をこれからも造って欲しいです。


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↑水面と思いきや…

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↑国の形をした曇

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↑ネタバレはこちら


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↑どれが鏡かわかるかな


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シティビューギャラリーで同時期に開催されていた展覧会も、エルリッヒ展の流れをくんだような、光と音のインスタレーション。ピアノを弾くと鍵盤に合わせて香りが噴出する調香器や、万華鏡に自分が入り込んだような錯覚に陥る入れ物や、等高線に陰影をつけて山の神秘さを醸し出した映像や。


そのなかでも一際いい試みだと思ったのが、「ストリート・ディベート」。


「路上で問題提起をし、世論を硬貨で可視化する職業。

路上での「ものごい」に代わる行為で、尊厳を損なわずにお金を稼ぐことができる誰もが出来る方法である」と説明がありました。ビッグ・イシューという雑誌を販売する方法は、あまりに路上生活者と直結してしまい、始めることに抵抗を覚える方がいるとのこと。

確かに固定概念があると、購買側も販売側も、ばつの悪い思いをすることもあるかもしれない。


彼らはディベートすることで社会の構成員の一人であると感じることができ、また参加者も、ディベートの受け皿に置くときに社会問題に真摯に向き合った満足感を得られる。労働と対価とは少し違うかもしれないが、お金の価値観がこれほどまでに劇的に変化することに、感動して涙が出た。

前述した【「思いつく」を考える】展に通じるものがあり、この取り組みを知ることができて、とても満足した。


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https://medium.com/@kihapper/%E6%AC%A7%E5%B7%9E%E3%81%AE%E9%83%BD%E5%B8%82%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B-%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%94%E3%81%84-%E3%82%92%E3%83%87%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%99%E3%82%8B-557581521f3b

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「思いつく」を考える展 [■ART]

●HP…http://www.admt.jp/exhibition/program/archive/


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リニューアルしたアド・ミュージアムで、面白い展示をやっていた。
色々なひらめきと思いつきがいかにして実現できたのかを、実際の成功例を元にひもとく。

そこには、うんこドリルからユーチューバーまで「やるならとことん」という共通性があった。


●グラハム…https://tabi-labo.com/272647/grahamevolved
CMもしかりで、アクション俳優のジャン・クロード・バンダムがぎりぎりまで開脚した状態で走るトラックに挟まれつつ耐えたり、検索ブラウザのクロームの速度を、小さな爆発と実際に競わせたり。


一番心に残ったのは交通事故撲滅キャンペーンの一環で作られた、人体標本「Graham(グラハム)」。

人間が交通事故の耐えうる体を手に入れたらこうなる、という極限のグロテスクな人間なのだが、メルボルン大学の外科医、自動車事故調査官の意見をもとにアーティストが製作した人体標本で、よくできてる。
こういう体にならない限り、人間は非力なのだから気をつけましょう、という意図なのだが、でも見つめ続けると意外と可愛く思えてきて、グラハムになりたいのか・なりたくないのか、よくわからなくなってきた。

●サバイバル・ビルボード…https://adgang.jp/2015/11/112402.html


また、ゲーム「トゥームレイダー」の広告を人間を使った耐久レースにしたてた「サバイバル・ビルボード」。

ララ・クロフトが耐えうる環境を身をもって実践し、ゲームの面白さとララの強靱さをアピールする狙いなのだが、ただの紙の広告(電子もしかり)に比べて格段のインパクトと、話題性十分で、とんでもない広告効果があったらしい(しかもコスパ安)。


●#LIKE a gail…https://www.youtube.com/watch?v=XjJQBjWYDTs
また、女性用品ブランドのオールウェイズの「少女のように like a garl」という啓蒙キャンペーンも考えさせられた。

成人男性や女性、少年に「少女のように走ったり、投げたりしてみて」と言うと、みながことさらコミカルに内股で走ったり、ヘニャヘニャとした動きでボールを投げたりする。でも、本物の少女に同じことをやらせると、全くそんな動きはしない。できるだけプロの選手らしく、アグレッシブで攻撃的な動きをするのだ。


その映像を前者に見せ「あなたは少女を侮辱したの?」と問う。なんとも直接的で欧米らしい痛烈な問いかけだが、結局心のどこかで「少女=弱い、愚かしい」という気持ちがあるから、参加者はばつが悪い顔をするのだろう。

少女たちは「[少女のように]と言われた意味がわからない。私は私らしく動いただけ」と言う。

「○○らしく」という範疇に人を押し込めない。

この企業がこの広告をうった意味は、初潮を迎えた女性たちが、恥ずかしがらず堂々としていればいいというメッセージなのだなと思った。


「ただの思いつきだろ」と一蹴されそうなアイデアを、生かすためのヒントが詰まっていた展覧会でした。

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岩合光昭写真展「ねこといぬ ともだち」&平野甲賀と晶文社展 [■ART]

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土曜出勤、同僚と気分転換にお散歩。

二つのギャラリーに立ち寄りました。


◆岩合光昭写真展「ねこといぬ ともだち」@ノエビア銀座の概要
名称:岩合光昭写真展「ねこといぬ ともだち」
日程:2018年1月9日(火)~3月9日(金)
時間:10:00~18:00 ※土日祝日は17:00まで


30点くらいの写真しかなく、小さなギャラリーでした。ギャラリーというより、会社のフロント。白く清潔ですっきりした場所でした。


ねこといぬの可愛らしさに癒されます。並んでみると、全く違う動物なんだなーとつくづく思います。同じ大きさの犬猫だと属性が女王と従僕というか。大型犬と猫だとまた違う関係性が生まれるようですね。大らかな母にやんちゃな子供が甘えるような。どっちみち犬は社交的で、猫は気まぐれって感じですね。

犬の性格が表情に表れていて、癒されました~。


◆平野甲賀と晶文社展@ギンザ・グラフイック・ギャラリー


http://www.dnp.co.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?seq=00000713


甲賀って名前が忍者っぽいなーと思って(笑)ふらっと入りました。勿論忍者とは関係ありません。(笑)

光昌社のことはよく知らないのですが、この方の甲骨文字のような文字は見たことがあります。

もう、文字というより幾何学模様と呼びたい。とても独創性のある文字ですね。

スペースの部分が図形のようですよね。


全ての文字を同じグループに属してるとわかるようにデザインするって、大変。

巷にいるフォントデザイナーのお仕事されてる方も、尊敬しちゃいます。


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10/9 香港ミニチュア展@KITTE [■ART]

●HP・・・http://www.hketotyo.gov.hk/japan/jp/miniature/

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10/9まで行われていた無料展示会です。
1970年代の古きよき香港をノスタルジックに再現したミニチュアが多かったです。

香港を取り巻く環境は日本とほぼ同じですね。
売店で新聞を読みながらお茶をすする朝の光景は、出勤しながらスマホを読む風景にとって変わられ、狭小なスペースにひしめき合うように並ぶ露店はショッピングモールに移転。
今はなくなった「再定住団地」は日本の高度経済成長期の公団乱立に似てる。
「町を歩けば歴史がわかる」という時代じゃなくなってしまうのは残念ですよね。

ある程度都会でも色濃く文化を残してほしいですね。

盆栽ならぬ「盆菜」は新界の住民の民間風俗で、皆で集まり饗宴を催すこと。
高架下でスリッパを叩いて厄払いをする「小打人」。

駄菓子屋や立ち食いもできる軽食店など、日本にどことなく似てますね。 玩具屋は当時から日本のアニメが盛んだったことから、マジンガーZやアトムなど、懐かしいものが並んでました。
ブックレットには、ミニチュアを作った作家のコレクション品だそうです。

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ガラスの仮面展@松屋銀座 [■ART]

●HP・・・http://www.asahi.com/event/garakameten/


マヤが演じてきた舞台や、真澄との絡みなど、漫画の内容ごとにまとめられた展示です。
スパルタ式のあり得ない特訓、マヤ得意の「ぶつぶつ」。 完全憑依型の演技など、突っ込みながら楽しく原画を拝見!
演劇物にスポコンを盛り込んだ漫画としては唯一無二の存在ですよね。
作者もinterviewで「こんな特訓、あり得ないですよね!と自分でも突っ込みつつ」、「漫画を読んで俳優を目指しました、と言われると恐縮」と言ってます(笑)。

それよりも衝撃の情報が、interviewで語られています。
なんとラストシーンは20年も前にコマも台詞も完成しているそう!
今はそこに行き着くまでの長い道のりを歩んでいて、 たどり着かないのが自分でも不思議だそう…。
早く描いちゃってよ先生!
「ガラスの仮面が終わらない七つの理由」詳しくはこちら。↓
https://matome.naver.jp/odai/2140013358829805201


とにかく待つしかないこちらとしては、なかなか出な い最新刊に身がよじれるばかり。
先生もおんとし66歳、「いたキス」のようにならないよう、願うばかりです…。


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↑グッズ売り場の近くにある喫茶月影。出口に近いので、他の客たちに晒されます

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↑紫のバラの人から贈られたという設定

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↑どちらが紅天女に相応しいかを選択します。ダントツでマヤ!

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↑大好評の顔出しパネル
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↑亜弓さんは恐れ多くて顔出しできませんでした・・・

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↑大都芸能が紅天女上演の祝いとして贈ったという設定

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↑マヤ伝説の泥団子を食べるシーンを再現できる!クランチチョコ

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↑劇団オンディーヌのマシュマロ


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銀座シックスでバンドデシネフェア [■ART]

●HP・・・https://ginza6.tokyo/shops

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銀座シックスのTSUTAYA。ここは落ち着けてとてもよいですね。
ちょっと前まで、バンドデシネフェアを開催してました。
去年行けなかったバンドデシネ展からずっと、メビウスが欲しいんです。
でもいつも後回しになってしまって…。

向こうの漫画家は漫画といえより絵本のように丁寧に、自分の絵の個性が際立ってますね。
また、デッサンの基礎がしっかりしている線の立ち方を感じます。
日本の漫画家は話は面白いけど画術が素人はだしの人も多いですが、バンドデシネ作家は、絵が上手いことが前提。
オールカラーだし、週刊誌に間に合わせるためにラフの状態で印刷されることはないわけなので、当たり前なのですが、芸術大国の地力を見せつけられたような気になりますね。

ただ、集中線とかコマ割りの上手さは日本の方が工夫がある。
まるで映画を観ているような気になりますよね。 で結局、今回も予算の関係で見送りました…。

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ミケランジェロ×ダ・ヴィンチ展 [■ART]

●HP・・・http://mimt.jp/lemi/

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↑ミケランジェロの素描


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↑ダ・ヴィンチの素描


いやぁ~わかってはいたけれど、素描ばかりで地味でした。
地味だけど、完成品の素晴らしさではなく、そこに至る過程の面白さ。
絵を描くことが趣味、もしくは学んでいる人は大変勉強になるし、デッサンの狂いや書き直しの様子を見て、天才も凡人と同じ過程を経て精進していくのだなあと思うと、少し親近感がわく。

努力することにへこたれている人にとっては、彼らの足元にも及ばないかもしれないが、よしやろう!と発奮する材料にもなる。
それぐらい素描は基礎の基礎だと再認識する展覧会。

描きかけの足、馬の尻、描きたいところだけ描きちらしたパーツ。そのひとつひとつがものすごい立体感。
同時代に生きた二人の天才の、デッサン力の甲乙はつけがたい。 二人とも精密に筋肉を描きあげ、それは絵と言うよりも解剖図のそれに近い。

ダ・ヴィンチは「全ての筋肉を書こうとすれば、まるでクルミがたくさん入った袋のようになってしまう」ので、描きたい部分を選ばなくては駄目だと弟子に言っていたそうです。
ただダ・ヴィンチは自然そのものの構造に興味を拡げていったのに対し、ミケランジェロはあくまで人間の内面性を表現することに終始していたと思う。
晩年、生きているような写実的な彫刻から、モディリアーニのような抽象的な彫刻に変化していったのは、あくまで新しい人体表現を追求していった表れだと思う。
対してダ・ヴィンチは、水車、要塞、飛行機など自然の摂理の法則性を応用することに魅入いられていった。

絵画においては、ダ・ヴィンチの女性の肉体はどこか固いゴムのようで顔も中性的だし、個人的にミケランジェロの方が好み。
女性は女性らしく、男性は男性らしい。 ミケランジェロの掘り出す完璧な美しさは、自然に存在する人間よりも美しい。

みよ、この【ジュスティニアーニのキリスト】の顔を。 ふしくれだった、今にも動き出しそうな手を。
エロスを一切排除した、非人間的な完璧な人間は、神を信じていない私から見てもひれ伏したくなる神々しさ。
しかしこの彫刻、彫っている途中で大理石に瑕が現れたから途中で放棄したとのこと。
ミケランジェロは他にも途中で壊そうとした彫刻があり、弟子たちが必死で止めたという逸話があるが、まったく信じられない話である。別の彫刻家が完成させたそうですが、よく後世に残してくださいました。


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↑撮影可能なミケランジェロの彫刻
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↑見よ、このお尻を

メゾン・デ・ミュゼ・デュ・モンド [■ART]

●HP・・・http://www.mmm-ginza.org/top.html


ギンザ・グラフィック・ギャラリーに隣接しているMMM メゾン・デ・ミュゼ・デュ・モンド】
こちらは世界のミュージアムショップのセレクトショップ。
撮影OK、見ているだけでも楽しい。

大英博物館のロゼッタストーン・グッズは笑える。ブロックメモやネクタイ、ハンカチーフ。
靴下は目立たなくていいかもしれない(笑)
1階から3階まで各階エレベーターで移動しなければいけないのが難点ですが、ちょっと変わった贈り物をしたいときに便利そう。
パリ・ミュージアム・パスも取り扱っているので、フランス旅行に行く方は買っておいてもいいかもしれない。

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ロマン・チェシレヴィチ 鏡像への狂気展 [■ART]

●HP・・・http://www.dnp.co.jp/gallery/ggg/

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美術館のポータルサイトを見ていて、目に飛び込んできた不可思議な鏡像。
これは見に行かねばと思い、【ギンザ・グラフィック・ギャラリー】に足を運びました。
チェシレヴィチはポーランドを代表するグラフィックデザイナー。
彼については今回の展覧会で初めて知ったので、詳しいレビューはかけませんから、本当に思いのままを記します。
鏡像作品以外にも「KAMIKAZE」と題した雑誌に掲載された写真、様々な催しの大型ポスターが並び、そのシンプルかつ大胆な構成、カラフルだけど全くごちゃつきのない配色に一気に心奪われました。
モナリザが人民軍に身を包み、アルブレヒト・デューラーが一つ目になりぎょろりと上向く。

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シュールレアリスムを彷彿とさせる幻想的なコラージュ。
第二次世界大戦や冷戦が彼の人生に陰を落としているのか、作品の全体的に激しい批判を内に秘めた、暗く暴力的イメージがつきまといます(いかんせん作品タイトルやタイポグラフィーがポーランド語なのでよくわからない)

そういった異形の艶めかしさについつい引きずり込まれてしまいそうになりますが、現に戻り客観的に眺めるとそのデザインの素晴らしさに気がつく。
アドルフ・ヒトラーとフセインを=で結ぶ赤の使い方。
モノクロのなかのCMY、隙間を埋めるための色ではなく、一つ一つが際立ってる。
神(キリスト教でいうところの)と悪魔と人間とキリストと仏陀とマホメットを同じ面積で分割して並べた見開き。マホメットだけ白紙という表現に、思わずうなる!(イスラム教は偶像崇拝を禁じているので)

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とにかく一つ目の魔力に取り憑かれたような作品群は、太古の神々の時代のティターンを彷彿とさせる神秘さも持っているし、異形な物を見ずにはおれない人間の、背徳心をも刺激する。
その甘美な罪悪感を味わいながら、蟻地獄に引きずり込まれるような感覚。

また、印刷する際の「網点」が、大きく引き延ばされて一種のリズムや統一感を与えているように思う。
この時代の手法がよくわからず恥ずかしいのだが、これはA4くらいの印刷物をA1より大きく引き延ばした結果なのか、それともシルクスクリーンを原寸で転写した原画を印刷したのかが、わからない。

なんにせよ作品がほぼ「印刷物」なので、近づいてみると網点だらけになるのはしょうがなく、これならば是非コラージュ作品などの原画(原型)も見てみたいと思った。

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