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ミケランジェロ×ダ・ヴィンチ展 [■ART]

●HP・・・http://mimt.jp/lemi/

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↑ミケランジェロの素描


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ダ・ヴィンチの素描


いやぁ~わかってはいたけれど、素描ばかりで地味でした。
地味だけど、完成品の素晴らしさではなく、そこに至る過程の面白さ。
絵を描くことが趣味、もしくは学んでいる人は大変勉強になるし、デッサンの狂いや書き直しの様子を見て、天才も凡人と同じ過程を経て精進していくのだなあと思うと、少し親近感がわく。

努力することにへこたれている人にとっては、彼らの足元にも及ばないかもしれないが、よしやろう!と発奮する材料にもなる。
それぐらい素描は基礎の基礎だと再認識する展覧会。

描きかけの足、馬の尻、描きたいところだけ描きちらしたパーツ。そのひとつひとつがものすごい立体感。
同時代に生きた二人の天才の、デッサン力の甲乙はつけがたい。 二人とも精密に筋肉を描きあげ、それは絵と言うよりも解剖図のそれに近い。

ダ・ヴィンチは「全ての筋肉を書こうとすれば、まるでクルミがたくさん入った袋のようになってしまう」ので、描きたい部分を選ばなくては駄目だと弟子に言っていたそうです。
ただダ・ヴィンチは自然そのものの構造に興味を拡げていったのに対し、ミケランジェロはあくまで人間の内面性を表現することに終始していたと思う。
晩年、生きているような写実的な彫刻から、モディリアーニのような抽象的な彫刻に変化していったのは、あくまで新しい人体表現を追求していった表れだと思う。
対してダ・ヴィンチは、水車、要塞、飛行機など自然の摂理の法則性を応用することに魅入いられていった。

絵画においては、ダ・ヴィンチの女性の肉体はどこか固いゴムのようで顔も中性的だし、個人的にミケランジェロの方が好み。
女性は女性らしく、男性は男性らしい。 ミケランジェロの掘り出す完璧な美しさは、自然に存在する人間よりも美しい。

みよ、この【ジュスティニアーニのキリスト】の顔を。 ふしくれだった、今にも動き出しそうな手を。
エロスを一切排除した、非人間的な完璧な人間は、神を信じていない私から見てもひれ伏したくなる神々しさ。
しかしこの彫刻、彫っている途中で大理石に瑕が現れたから途中で放棄したとのこと。
ミケランジェロは他にも途中で壊そうとした彫刻があり、弟子たちが必死で止めたという逸話があるが、まったく信じられない話である。別の彫刻家が完成させたそうですが、よく後世に残してくださいました。


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↑撮影可能なミケランジェロの彫刻
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↑見よ、このお尻を

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メゾン・デ・ミュゼ・デュ・モンド [■ART]

●HP・・・http://www.mmm-ginza.org/top.html


ギンザ・グラフィック・ギャラリーに隣接しているMMM メゾン・デ・ミュゼ・デュ・モンド】
こちらは世界のミュージアムショップのセレクトショップ
撮影OK、見ているだけでも楽しい。

大英博物館のロゼッタストーン・グッズは笑える。ブロックメモやネクタイ、ハンカチーフ。
靴下は目立たなくていいかもしれない(笑)
1階から3階まで各階エレベーターで移動しなければいけないのが難点ですが、ちょっと変わった贈り物をしたいときに便利そう。
パリ・ミュージアム・パスも取り扱っているので、フランス旅行に行く方は買っておいてもいいかもしれない。

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ロマン・チェシレヴィチ 鏡像への狂気展 [■ART]

●HP・・・http://www.dnp.co.jp/gallery/ggg/

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美術館のポータルサイトを見ていて、目に飛び込んできた不可思議な鏡像。
これは見に行かねばと思い、【ギンザ・グラフィック・ギャラリー】に足を運びました。
チェシレヴィチはポーランドを代表するグラフィックデザイナー。
彼については今回の展覧会で初めて知ったので、詳しいレビューはかけませんから、本当に思いのままを記します。
鏡像作品以外にも「KAMIKAZE」と題した雑誌に掲載された写真、様々な催しの大型ポスターが並び、そのシンプルかつ大胆な構成、カラフルだけど全くごちゃつきのない配色に一気に心奪われました。
モナリザが人民軍に身を包み、アルブレヒト・デューラーが一つ目になりぎょろりと上向く。

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シュールレアリスムを彷彿とさせる幻想的なコラージュ。
第二次世界大戦や冷戦が彼の人生に陰を落としているのか、作品の全体的に激しい批判を内に秘めた、暗く暴力的イメージがつきまといます(いかんせん作品タイトルやタイポグラフィーがポーランド語なのでよくわからない)

そういった異形の艶めかしさについつい引きずり込まれてしまいそうになりますが、現に戻り客観的に眺めるとそのデザインの素晴らしさに気がつく。
アドルフ・ヒトラーとフセインを=で結ぶ赤の使い方。
モノクロのなかのCMY、隙間を埋めるための色ではなく、一つ一つが際立ってる。
神(キリスト教でいうところの)と悪魔と人間とキリストと仏陀とマホメットを同じ面積で分割して並べた見開き。マホメットだけ白紙という表現に、思わずうなる!(イスラム教は偶像崇拝を禁じているので)

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とにかく一つ目の魔力に取り憑かれたような作品群は、太古の神々の時代のティターンを彷彿とさせる神秘さも持っているし、異形な物を見ずにはおれない人間の、背徳心をも刺激する。
その甘美な罪悪感を味わいながら、蟻地獄に引きずり込まれるような感覚。

また、印刷する際の「網点」が、大きく引き延ばされて一種のリズムや統一感を与えているように思う。
この時代の手法がよくわからず恥ずかしいのだが、これはA4くらいの印刷物をA1より大きく引き延ばした結果なのか、それともシルクスクリーンを原寸で転写した原画を印刷したのかが、わからない。

なんにせよ作品がほぼ「印刷物」なので、近づいてみると網点だらけになるのはしょうがなく、これならば是非コラージュ作品などの原画(原型)も見てみたいと思った。

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ブリューゲル「バベルの塔」展 [■ART]

●HP・・・http://babel2017.jp/

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ブリューゲルの「バベルの塔」の油絵は、思ったより小さかったです。
フェルメールの時も同じことを思ったのですが、フランドル絵画は室内装飾として発展した面もあるので、教会用のそれよりも小さい絵画が多いですよね。
だからかはわかりませんが、バベルの壮大なスケール感では画面が窮屈と感じるくらい小さかった。
勿論それで絵画の素晴らしさが損なわれているわけではありません。 オペラグラスでつぶさに見ていると、色々な発見があって面白い。人物から割り出すと塔の高さは500メートル、面積は東京駅周辺がすっぽり入る位の大きさでした。
また、隣接している映像コーナーでは、バベルの内部構造にフォーカスしたCGが秀逸でした
滑車や人の動きを再現しているので、バベルが本当にあったら・・・と具体的に想像でき楽しいです。

しかし、ブリューゲルがこれほどボスの影響を受けているとは知りませんでした。
ボス没後50年後にボス・リバイバルがあったようで、ネーデルランドの画家たちはこぞって模倣したそう。
ヒエロニムス・ボスのモンスターたちは日本の妖怪のようにグロテスクだけど滑稽。この不穏さが大好きです。
今回は銅版画が多かったので、A3ほどの大きさの画面にみっちり描き込まれた異形の者たちを目で追うだけで、日が暮れそうです。

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↑ブリューゲル「聖アントニウスの誘惑」

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↑ヒエロニムス・ボス「快楽の園」部分

展覧会の構成は、木像の聖人彫刻群から、アカデミーの技法を習わずに発展した職人画家たちの時代を経て、イタリア留学などでアカデミックな技法を得てやっと洗練された絵画へと変貌するネーデルランドの絵画の歴史を追います。
最後にはボスやブリューゲルに結実するんですよね。
ボスは正統派というよりは凄く特異性がありますけれど。

それまでバベルに挑戦した画家達がスケールを描ききれなかった事に対し、ブリューゲルがやっとこさ表現できたことで彼の素晴らしさを褒め称える展示になっていましたが、私はバベルにデジャブをずっと覚えてたんですよね。
それが何かをやっと最近突き止めたのですが、それは「サザエ」。
緩い傾斜の螺旋といい、所々窪んでいる穴など、バベルにそっくりだと思いませんか?
案外、ブリューゲルは自然界からヒントを得たのかもしれませんよ!


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余談ですが出展作品中に【聖カタリナ】と【聖クリストフォロス】が頻出。
カタリナはローマ皇帝に背きキリスト教に殉じたインテリ女性。 クリストフォロスはキリストを背負った川の渡し守。
厳かな宗教画と思いきや、幼児キリストと巨人の後ろにボスワールドが炸裂。
卵の殻のなかに住まう小人やらが楽しげに描かれています。
ブリューゲル展といいつつ、中身はボス展といって過言ではない展覧会でした。

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↑バベルを彷彿とさせる、全く関係ない現代アートの展示


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↑HIBIKIでお茶を楽しみました

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ミュシャ展 [■ART]

●HP・・・http://www.mucha2017.jp/slav/


アール・ヌーボー期の華やかなポスター画、リトグラフも展示されてはいますが、今回は長大で超大なスラヴ叙事詩がメイン。
スラヴの原始的な神々に関しての知識は皆無ですが、ギリシャ神話の神々とそれほど遠くはなさそう。
スラブ叙事詩はローマ帝国やオスマントルコなど、長い年月ずっと戦禍に飲み込まれてきたチェコの受難を描いた作品。
カトリックと反目した東方正教会の、宗教戦争の歴史ともいえるのかな。
「オーソドクス」は日本でもよく使われますが、正教そのものを指す言葉でもあり「正統の, 正しいと認められた」という意味。

ミュシャはアール・ヌーボーの観点で語られがちですが、よくよく観察してみると人物の立ち方、聖人の輪をイメージする円のモチーフなど、ビザンティン美術の影響も受けている気がします(個人的感想です)。

ビザンティン美術は、東ローマ帝国で栄えたキリスト教美術。首都コンスタティノポリス(コンスタンティノーブル)の旧名ビザンティオンに由来します。ローマ帝国が330年にここに遷都し東西に分かれ衰退するまで千年近く都であり続けました。
東ローマ帝国は縮小の一途をたどっても、
コンスタティノポリスだけは最後まで残ったんですよね。

正教がカトリックと反して、煉獄などの教義を受け付けない立場をとっているからなのかどうかわかりませんが、私見では「頑固一徹」という言葉を連想させます。

人物も直立不動の平面的なポーズに、背景は主に金色を使った厳かで堅苦しいイメージ。
そこに
ササン朝ペルシアなどの中東っぽさが加わって不思議な雰囲気なんですよね。眉毛も太くて。

叙事詩を描くきっかけになった民族運動、「汎スラブ」という思想は、ユダヤ人の「シオニズム」運動に通じるものを感じます。本来は肉体的関連はない「スラブ語圏」の民族の連帯を訴える運動だったようで、正確にはスラブ語圏の民族すべてが共通の祖先を持っていた事実は無いようです。

作品は巨大なのでオペラグラスを持っていたほうがいいと思います。
テレビ番組でも解説されていましたが、物語の主人公はスラブ人そのものであり、群集の表情すべて個性的です。
それをあますところなく観察したければ、オペラグラスは必携だと思います。
そしてすべての作品に視線を鑑賞者に投げかける、印象的な人物が描かれています。
戦争が終わっても困難が待ち受けていることへの不安や怒りが伝わってきます。
それらは主題になっている人物ではないので、主題になっている人物はどれかを探すのも一興だと思います。
ミュシャは第二次世界大戦が始まった際、ゲシュタポに逮捕され投獄中に死亡してしまいました。
スラブの歴史を通して、平和と自由を訴えた彼の作品。
時を超え、チェコ国外で公開されるのは初めてというこの日本で、どう受け止めるかは私たち次第。
この大作を心に焼き付けて、忘れないようにしたいです。

ちなみに休日は開館前に並び、チケットはインターネットで購入か、チケット屋などで購入すべし。
当日はチケット売り場だけで30分以上並びます。


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↑作風は一番幻想的。初期ローマに蹂躙されるスラヴ人
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↑手前の影になっている人物群が象徴的。暗いのに浮き上がって見えるslav01_15.jpg
↑聖書がスラヴ語で書き直されて出版される喜びを描く。左手前のおじいさんの隣が若い日のミュシャ
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↑停戦の約束を反故したローマ教皇(左)と椅子を倒して怒るスラブの王(右)
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↑正教会の聖地、アトス山の修道院。壁画には聖母子

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↑唯一の未完品だそうです。スラブの神が見守る中、自由を謳歌する民衆

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スヌーピーミュージアム [■ART]

●HP・・・www.snoopymuseum.tokyo/

今は第二期の展示「もういちど、はじめましてスヌーピー」。
誕生から50年間の連載をテーマごとに丹念に追います。
50年って…凄いですね!半世紀ですよ。

そういえば漫画のタイトルは「ピーナッツ」なんですよね。
主役は一応チャーリー・ブラウンと子ども達だったのですが、どんどんスヌーピーが主張し始めて「スヌーピーと飼い主の子ども達」のように変わっていって。
子どもの頃は「チャーリー・ブラウンはなんで禿げてるの?」って不思議に思ってたっけ…。
省くイラスト手法とも知らずに。


ちなみに最初の20年間はスヌーピーは四本足で歩いて(走って)いたそうです(笑)
今では不思議でもなんでもないですが、動物の考えていることをふきだしで表現したのは、スヌーピーが初めてではないかとのこと。確かに!
50年の間スヌーピーは様変わりしちゃったけど、初期の頃も可愛い

モデルは二匹目の飼い犬「スパイク」。
犬の生活は「なんて惨めなんだ」と嘆き、他の動物のマネをしてみたり、戦場の英雄やお医者さんや小説家を夢想するスヌーピー。「ごっこ遊び」がエスカレートして、本当に小説を書いて応募したりする。でも絶対「人語」を喋らない鉄の掟は50年間通して守ってるんですよね。

私が一番好きなキャラは「ジョー・クール」。丸いサングラスをかけて女の子からモテたい少しクールな男の子。
初めて知りましたが、スヌーピーが足をバタバタして飛び上がる独特の仕草を「ハッピーダンス」というらしい。

原画の他に直筆のポスターや、ヌーピー電話や子機、指人形や各国民族衣装を着たフィギュアなど懐かしのアイテムも。
貯金箱やぬいぐるみ、持っていた子が多かった!

作者のシュルツさんは、毎日書きかけのスケッチを毎回未練無く捨ててしまっていたそう。
家族か知人かが拾ったのか、クシャクシャの紙が丹念に広げて一枚飾ってありました。丹念に広げられた紙から、そこに作者を取り巻く人々の存在を感じて心温まりました。

原画点数はそれほど多くはないですが、ゆったりまったり見るには丁度いい分量なのかも。
併設のカフェでは、飲み物にはオリジナルコースターをつけてくれます。

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↑スヌーピーおなじみのポーズ

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マリー・アントワネット展 [■ART]

●HP…http://www.ntv.co.jp/marie/
 
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↑撮影可能の、浴室を再現した部屋

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↑限定マカロンが入っているラデュレのマカロンセットですわよ!

土曜日はアントワネット展。
入場規制があって入るのに40分&見終わるのに3時間。最近はどこも混んでるなぁ。

肖像画がこれでもかとたくさん飾られてますが、オーストリア時代のマリーとフランス時代のマリーの顔つきが違う。
オーストリア時代はややキリっとしていて、フランス時代は垂れ目で柔和。
どちらも美人ですが、私は前者が好み。後者はロココの画風?
どちらが実像に近いのか、想像をめぐらすとよりミステリアス。
そして全体的に絵画よりも彫刻の方が緻密。

●気になった展示

・「22.王太子の結婚祝いのテーブル飾りの部分的復原」。

アントワネットとルイ15世の結婚式に際し、王家の親族たちが着席するテーブルに、アーリア式列柱を擁した神殿のミニチュアがドーンと置かれていた。

着席すると下座にいる者からは、上座にいるルイ14世を列柱の間からのぞき見する格好になり、なんだかすっごく居心地悪そう(笑)。一種の遊興なのか本気で悪趣味なのか。
テーブルの周りには着席した親族達の名前が書いてあり、上座や下座の並びを確認できて面白い。

・やはり一番の生々しさをもって胸に迫ってきたのは 「193.マリー・アントワネットの「(サン=チュベルティ風の)短靴」「187.タンプル塔のマリー・アントワネットのシュミーズ」。
シュミーズは汚れ、かつて王妃だったものが身に付けていたとはとても思えない粗末さ。
断頭台にあがる際に脱げたという靴はとても小さい。どんな風に自分の人生を振り返っていたのだろう。

また、幽閉されていたときに使用したとされる化粧瓶も、彼女が存在したことを感じさせる物だった。
瓶に一種の黄ばみや使用感があったからかもしれない。
蓋をとり、手に適量を出し手のひらで馴染ませて顔に塗り…自分が行っている日常の行為と重ねてみてしまう。
思うままに化粧もできない境遇の哀れさ・・・女性なら誰しも共感してしまうだろう。

・処刑される前のマリーを書いたジャックルイ=ダビットの素描は、偏屈な中年女に見える。
対照的にウィリアム・ハミルトンの絵には、かつて彼女にフランスの栄光と憧れの想いを重ねた国民らを慰めるかのように、理想化されて描かれていると感じた。
即位した際の「46.パリ市庁舎付近で打ち上げられた花火の舞台装飾」ではその盛大な様子が見てとれる。
ちなみに花火というより爆発と落雷のような描写ではあったが(笑)。

・フランツ1世の肖像画に、「金の羊毛騎士団」のチャームがついたネックレス」がぶら下がっており、「そうか、アントワネットの父は神聖ローマ皇帝でもあるのだった」とハッとする。
私が好きなローマ、アウグストゥスやハリアドヌス皇帝などの時代は遠い日のかなた。
ローマ皇帝はかつてローマから追い出したキリスト教徒を、このときは積極的に異端から守っている存在になっている。
皮肉なものだ。

●アントワネットへのイメージ

史実を知っても、あの名作ベルバラから受けたマリー像は変わらない。
あの漫画がいかにマリー・アントワネットの実像に肉薄していたかを思いしった。

本当は国を背負う立場であるのはルイ15世であるべきなのだが、彼の存在感は薄く、一方マリーは希代の悪女などとそしられ、一身に罪を背負った。王妃であるのに浮気をしてしまうなど、確かに資質はなかったかもしれない。
だがフェルゼンが作った二人のための暗号表(166)などを見ると、その純愛に憐れさも感じてしまう。

たった19年の短い年月に結婚、王妃即位、出産、迫害…。
母親のマリア・テレーズとはくらぶるべくもなく、為政者としての人徳は備わってなかったのかもしれないが、失神せずに威厳をもってギロチン台に上がっただけでも精神力が凄いと思ってしまう。
靴の展示には「靴が脱げたことで王妃が一種の性急さをもってギロチン台に上ったことがわかる」と書いてあったが、死ぬ恐怖から自ら歩を早めたのだろうか。
プライドの高さから、民衆に引きずられるように登らされるのを良しとせず、自ら死をもって民衆を糾弾する、という姿勢を見せたかったのだろうか。色々なことを想像させられた。

写真はヒルズ・ダル・マットの季節のフルーツパスタと展覧会コラボのデザート。
リンゴの果肉が動物性の肉かのような弾力と歯ごたえ。これも一種の焼きリンゴ?
昔は焼きリンゴが大嫌いな子どもだったけど、ペロッといけちゃいました。とっても満腹感を与えてくれる逸品です。
シャンパン飲み放題をつけて頂きました。

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↑スタンプラリーで頂いたポストカードと共に

クラーナハ 500年後の誘惑 [■ART]

●HP…http://www.tbs.co.jp/vienna2016/

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先週金曜最後の夜、駆け込みでクラーナハ展へ。

金曜の夜は空いていてお気に入りの時間でしたが、今回は意外と混んでいました。
時間が無かったので、今回は解説や概要はHPで事前予習、会場の解説は読むのをすっ飛ばして自分 の知識だけで勝負。清書と神話の知識はある程度持っているので、概ね描かれている物がわからな い絵画は少なく、ほっとしました。

それにしても聖アントニウスを誘惑する悪魔たちの何て多いこと!これでもかと書きこまれた悪魔たち、アントニウスによってたかって、肝心のアントニウスが埋もれてなかなか見つからなかった。
デューラーもクラーナハも、自分の技巧に走ってしまって、「あれ、こんなはずじゃ…」と思ったに違いない(笑)

●金羊毛騎士団
神聖ローマ皇帝のぶら下げている金のネックレスに死んだ羊のチャーム。
これは「金羊毛騎士団」といって、カトリックを異端から守るため結成された騎士団の象徴なのだが、その由来はギリシャ神話に出てくる「イアソンの金の羊」。
ざっくりいうと、その羊の毛を手に入れると王位をもらえるためイアソンが頑張る話なのだが、「困難に立ち向かう」「王位=世界を制覇」という要素から、騎士団のモチーフとして取り入れたのだろう。

ちなみにこの羊毛を守る龍がいて、この「金を守るドラゴン」という図式は映画ホビット 竜に奪われた王国】に登場する「ドワーフの金を奪い根城にしているドラゴン」に通じると思う。
西洋のドラゴンへのイメージが、東洋とはまるで違う顕著な例。


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●メランコリー
デューラーの版画も多く、おなじみ「メランコリア」は何度目の鑑賞かな。
彼への自分なりの回答ともいえるクラーナハの「メランコリー」が、16人のだらけたプットと天使の女性が一室にいるという、メッセージ性がたっぷり散りばめれた絵画。
当時、欧州ではメランコリア=憂鬱は、悪魔の仕業と考えられていたようです。
プットたちは踊ったり片肘ついたりうたた寝していたりしていて、その上に追い払われた悪魔たちが群れをなして逃げていくような?面白い絵画でした。

●肖像画
描く対象者を理想化しておらず、良くないと思われる特徴をも含めて写実的に描写していると思われます。威厳があり、峻厳な面立ちをした人々からは、ゲルマン民族「らしさ」が物凄く伝わってくる。

黒のベルベットかビロード生地に金糸の刺繍という当時ポヒュラーだったに違いない頻繁に登場する衣装は、どことなく日本の安土桃山時代の戦国武将の美意識に似通ったものを感じる。漆黒に金粉を散らした蒔絵のよう。

上着にスリットを沢山入れて下のブラウスを覗かせたり、詰め襟の下からレースのブラウスの襟をヒラヒラと覗かせたり、基本は地味だけど細かい部分にお洒落という風俗は、日本にとても親和性があるように思う。

また、画面から感じる人物像もそう。男は亭主関白、女は気丈夫という気質は、日本の武家のよう。
反対に、ロココ時代のフランス貴族と、平安貴族はなんか「やわ」な雰囲気がある。
歌や劇や恋や遠出にうつつを抜かして…ろくに政治をせず、武芸からも程遠い感じ。
かつらや衣装のせいで思い込んでいるだけだろうか?

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●クラーナハ印の美人
話はクラーナハに戻る。
お椀で型どったような乳房、妙に高い腰の位置、でっぷりしたお腹、ぶよぶよとした太もも…デッサン狂ってるんじゃない?と言いたくなる女性たちは、それでもある一種の様式美をもって、見るものを虜にする。
彼女らのつり目の妖しい視線に、否応なしに絡めとられてしまう。

顔だけをフォーカスして見ると、個人的にはロココ調のグリグリした目よりも、クラーナハ印の女性たち方が美人で魅力的。
「誘惑」というタイトルに相応しい展覧会でした。

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---------- 追記 ----------
クラーナハ関連本を読んで、改めて知ったことがありました。

デューラーは、絵画の第一位の意義は「キリストの受難」を描くことと言っていたとのこと。
それに比べてクラーナハは、宗教改革ルターとも付き合いながら、カトリックからの依頼も受けている。
だからといって商業画家というイメージは受けず、様々な分野で自分のフィールドを上手く広げているという感じ。
宗教画に対しても自分の手法を存分に生かしエロティックさも醸し出している。人が見たい物を見せるということをやりながらも、写実性を失わない。

市長、書店や薬局、印刷所経営(ルターの著作で大もうけ)なども手がけているから、バランスのよい社会感覚を身につけていたんでしょうね。
内省的でエキセントリックな天才画家たちとは一線を画す、客観的な目を持っているという印象を受けました。


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特別展 古代ギリシャ~時空の旅~ [■ART]

●HP・・・http://www.greece2016-17.jp/

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↑休息所にあった車田正美の「セイント星矢」のパネル

振り返ると総じて地味な展示品に見えるものの、正に文明の起源と移り変わりを体感できる、非常に満足のいく展覧会だった。

文明の兆し、人間の造形力や創造力の萌芽は世界共通なのか、としみじみ思わせる約5000年前『エーゲ海文明』の土偶【スペドス型女性像】
余計な装飾を削ぎ落とした現代抽象アートのよう。女神アテナの像とこれを飾るとしたら、現代なら後者の方がお洒落かも。

特別展 古代ギリシャ ー時空を超えた旅ー(1).png

『線文字A、B』
を使用していたミケーネ文明の崩壊後、謎の【暗黒時代】を経て、都市国家ポリスが形成され、ギリシャという文明地域の母体となる。
しかし暗黒時代には、アルファベットや鉄器が使われ始めたという。その前の線文字に関しては、それだけで本が何冊も出ているくらい、解読したことがセンセーショナルだったらしい。

線文字B―古代地中海の諸文字 (大英博物館双書―失われた文字を読む)

線文字B―古代地中海の諸文字 (大英博物館双書―失われた文字を読む)

  • 作者: ジョン チャドウィック
  • 出版社/メーカー: 學藝書林
  • 発売日: 1996/01
  • メディア: 単行本


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↑これはコイン型になったドラクマ

通過の単位、ドラクマの原型の金属の塊(ほぼ棒)に驚き。そもそもコインになるまでは、「一掴み」という意味で、まさに、片手で一掴みできる量が一ドラクマだったらしい。紙幣が登場するまで物がそのままの価値になるという、原点を見た気がする。

『ミノス文明』の今回の推し【漁夫のフレスコ画】では、その不思議な髪型にしばし足を止める。
一部の髪を残して他を剃り上げるのは、一体どういう感覚だろう(笑)。
中国の辮髪、日本の江戸時代の子供の芥子坊主など、人間の髪型に対する創意工夫は面白い。
時代に合わせて移り変わり、これで完璧といものはないから。
この漁夫は髪型で身分を表すものではないだろうから、少しでも個性を残すためだったのだろうか。

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『ミュケナイ文明』
に登場する【鼎】。故事成語で「鼎の軽重を問う」とあるから、中国独自の物かと思いきや、同じようなものが紀元前11世紀の西洋にもあった。
中国では夏の時代に青銅を集めて作られ、皇帝を象徴する宝物となったというが、それが西洋に伝わったとは考えにくい。
ギリシャ圏では神託を告げる巫女が座る神聖な物で、太陽神アポロンがヘラクレスと諍いを起こした時に、奪い合った神話が残されている。
古代は二脚より三脚の方が作りやすく、またそういう入れ物を、日本では総じて「鼎」と呼んでいるだけなのだろうか。
なんにしても神聖な物として象徴される器が同じような形をしているのは興味深い。

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↑鼎を奪い合っている図

映画【300】で強烈な印象を残した、スパルタとペルシャの戦い、サラミスの海戦など、神話と伝説が入り交じる『クラシック時代』。水差しや壺にヘラクレスや史実の戦の図や絵を装飾するセンスは、日本にはないと思う。
専ら好まれるのは花鳥風月で、いくら源平合戦が有名としても、義経や将門を皿や器に彫ったり彩飾したりはしていない。

『古代オリンピック』の展示では、人間の裸体が自然で美しいものとされ、鍛え上げられた肉体を神に披露するという概念が、自然的で好ましい。しいては写実的な美しい彫刻などの芸術表現に結実した。こういった一度熟成された芸術が、キリスト教によって破壊され悪しきものとされたことが残念でならない。

ペルシャ帝国を制圧したフィリッポスの後を継ぐアレクサンドロス大王に、土地としては蹂躙されつつも文明的にはギリシャが実効支配したといえる『マケドニア時代』
アレクサンダーは、家庭教師に迎えられた哲学者アリストテレスから教養を身に付けた。
ちなみに彼がエジプトに建設した都市アレクサンドリアは、後に巨大な書庫である図書館が作られ、キリスト教が台頭してから教徒たちに燃やされるまで知の泉としてその役割を保っていた。

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↑アレクサンダー大王の若かりし頃

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↑アリストテレス

そしてアレクサンダーはバビロンで急逝し、後継者はエジプトを引継いでプトレマイオス王朝をたてる。その系譜も、クレオパトラで途絶えることになる。エサルに愛されたクレオパトラは奇しくもカエサルの後継者アウグストゥスに滅ぼされる。

ポリス同士の繋がりが緩やかに解体され影響力をなくすも、ギリシャ的エッセンスが宙に漂うその前に、ギリシャ的な物の虜になったローマ帝国が文明の担い手になる。
ハドリアヌスは美しいものをこよなく愛し、戦争がないときは、首都ローマよりも別荘でギリシャの美術品に囲まれた生活を送ることを好んだ。そのハドリアヌス皇帝がブリタニア(イングランド)までいってケルト人の侵略を防ぐため築城した【ハドリアヌス長城】は、今のイングランドとスコットランドの境のもとになるなど、ローマは後世の西洋の歴史に影響を与えた。
古代に「ギリシャ」という国はないが、一大文化圏として様々な分野に浸透していったと考えると、凄いこと。

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↑月と狩猟の女神アルテミス

そのほか様々な展示品から、色々なことを知り、また再発見できた。
ワインを水で薄めるための水差しにより、この当時のワインは非常に渋く濃かったこともわかったし、彫刻では鐙がまだ発明されていなかったことを思い出させてくれて、紀元前484年の「陶片追放」の欠片は何千年も前に成熟した民主主義があったことを再認識させてくれる(ちなみにサラミスの海戦の英雄テミストクレスも後に陶片追放された)。
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↑様ざまな時代に登場するタコの装飾。身近な食材だったことがわかる

塩野七生のローマ人の物語を何年もかけて読破し、現代に生きるローマの与えた影響力を嫌というほど思い知り、やっと西洋の歴史を俯瞰することができ、それが定着した。
それをこの日、目と耳で確認し、脳みそにピンナップ。
ギリシャ時代の歴史家で旅行家のヘロドトスのように、どの時代にも歴史を調べ語り継いできた人たちがいるからこそ、人間の営みが奇跡のように感じる。まさに時空の旅、ロマンです。


お茶は[法隆寺館]の、ホテルオークラ系のレストランにて。

実は法隆寺館はフラッシュをたかなければ写真撮影okなのです。
奉納されたものなか、これでもかという夥しい量の菩薩や如来像の数々、国宝や重要文化財だらけです。
そのなかでとても美しい龍の水差しと、梓巫女などが使う梓弓を撮りました。
梓弓はこの眼で見たのは初めてかもしれない。梓の木はとても硬くて丈夫で、弓だけではなく版木にも使われ「上梓」という語源になったこともあり、また巫女が口寄せに使った霊木でもあるので、非常に興味がありました。
つややかで美しい。

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しりあがり寿の「回転展」 [■ART]

■回転展

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↑目が死んでるんだよね…

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友人の計らいで、しりあがり寿の「回転展」と水木しげるの「妖怪展」へ。
二つとも一部以外撮影OK。
前者は「既存の製品を回転させたら、それは独自の芸術と言えるのか」っつー、馬鹿馬鹿しく見えて実は現代アートの境界線をどこで引くのかを(ちらっと)考えさせられる、ひたすら回転する物たちが出迎えてくれるシュールなインスタレーション。
個人的に「江戸無血開城」と古墳がツボ。

展示の前半は過去のパロディ作品の原画、手塚治虫賞をもらった「真夜中のヤジサンキタサン」中心の展示もあり。
そうか、ヤジキタはこの人だったのか…と今さら知る。

彼の作品はギャグのなかに毒が含まれてて、無害そうな細い線の漫画を迂闊に読み進めていくと、小さな穴がどんどん穿たれて暗黒面がじわっと広がっていく負の側面もあるので、油断大敵

この施設の不可思議な動物たちのオブジェと、回転展が妙にマッチしていた。
同敷地内のオシャレ食堂月の風、侮りがたし美味さ。セットドリンク50円、お代わりから値段が高くなっていくシステムです。
なんて合理的!侮りがたし初上陸の「中村橋」駅よ。

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↑「芸術です」と警告するやかん

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↑錯乱した画家のアトリエのような

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↑だるまはなんかオシャレ

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↑前方後円墳も回る

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↑勝海舟も西郷さんも回る

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↑でも解説版は史実(笑)

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↑よく見るとこんなのもある

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↑「北斗の拳」のパロディ

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↑「地球へ…」のパロディ「他所(よそ)へ…」。意外と切なそう

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↑巨大な墨絵

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↑侮りがたしうまさの「月の風」のランチ


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