So-net無料ブログ作成
検索選択
歴史絵巻・文芸作品 ブログトップ
前の10件 | -

沈黙ーサイレンスー [歴史絵巻・文芸作品]

満足度★70点

http://chinmoku.jp/

心を征服しにきた宣教師と、心を蹂躙する為政者と、どちらも 同じ穴の狢。
どちらかというと、日本人の私としては、やはり一神教のお仕着せがましさが鬱陶しい。
神に代わって汝を許すなどと、神の声を聞いたこともない同じ人間に言われたくはない。
劇中の浅野忠信の言葉を借りると、仏教は「自分の力で悟りへの道を学び、仏に近づく」ものだが、一神教は「神の教えに盲従しろ」というもの。

縁もゆかりも無い顔かたちをした男性に「汝の罪は既に私が背負っている」などと言われても、じゃあなんで今苦しいわけ?と突っ込みたくなる。その点「人間が苦しいのは自分の欲からである」と説く仏教の方が、より普遍的に思える。

ただ、武士階級など生活に余裕のある者は、「苦しみは己の欲から生ずる」という教えに向き合う心の余裕もあろうが、重税に苦しみ、ひたすら現実から目を背けたい農民にとっては、「何も考えずに心を委ねる」一神教は乱暴な言い方をすれば楽ですよね。

その点を武士もきちんと心得ていて、農民が本当の意味ではキリスト教の教えを悟っていないこと、そしてだからこそ洗脳されやすい危険があることを承知している。
農民を苦しめている根源であるにも関わらず、「我らも嫌なのだ」「取り合えず形だけでいいのだから」と甘言で体裁を整えようとする嫌らしさ。の形だけの行為が、じわじわと彼らを蝕むことも知っている。

そんな農民に「主は許してくださるから踏み絵をしてもいい」と救いの手を伸ばすどころか、神罰と背教を恐れて真の慈悲を見失う宣教師。イコンに執着する心の弱さよ。
本当に信仰しているのなら、胸を張り毅然とした態度で踏み絵をすればいい。

結局人を救えるのは人だけであるということ。
私は、神よりも人の内に宿っている善意を信じたい。

余談だが、最後の20分は蛇足。ロドリゴが踏み絵を決意する緊張の「サイレンス」の演出で終幕すれば、傑作になったのにと思った。


>>俳優メモ


さらに余談だが、リーアム・ニーソンアダム・ドライバーのキャラクターが、スター・ウォーズと被ってしまう。
時に怒りに我を忘れ、人に傲慢な態度をとる様子はカイロ・レンの弱さを彷彿とさせる。
リーアムは己を律し真の心を内に秘めた指導者として、クワイ・ガン・ジンそのもの。キャスティングの妙ですね。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

わが命つきるとも [歴史絵巻・文芸作品]

満足度★75点

 

わが命つきるとも [DVD]

わが命つきるとも [DVD]



■権力におもねらない高潔な人物

「王の僕の前に、神の僕である」

トーマス・モアの主張は、一神教を擁しない日本人にとっては、融通のきかない頑固者としてしか目に映らないかもしれない。

しかし、彼は敬虔な信者という立場から頑なに拒絶したというよりも、イングランドの行く末を案じる一人の政治家としての立場から拒絶を強めたのだと思う。

国王が教会に圧力をかけて再婚を認めさせるということは、カソリックの教義をねじ曲げるということと同じことであり、それは宗教で統制している国民の道徳心や倫理観を揺さぶることになる。

ユダヤ人は、神はモーセを通して我々と契約したという概念なのでキリストを救世主または預言者とは認めない。
それと同じように、カソリック信者も教義に基づき行動すべきであるというのは至極全うな意見であり、王に是か非か問われれば、当時モアでなくても心中では反対する人がほとんどであっただろう。

もちろん私は、それほどまでして守らねばならぬほど宗教が大切だとは思えないし、国主が禁忌を破ったからといって、自分の倫理観が崩壊するほどの衝撃を受けたりはしない。

それは生きている時代と国と人種が違うから言えることであって、この時代に身を呈して権力におもねらず死を選んだトーマス・モアの覚悟は、やはり凄いことだと思う。

それよりもあの手この手で彼を凋落させた者どもの執念に呆れる。モアは政界を下野して平民に退いているのだから、本来であれば放っておけばいいのだ。
それを許さず、また恐れをなしたのは、王ヘンリーの執着と愛しみがあるからだろう。その愛が憎しみに転じ、周囲の人間を動かした。
逆説的に、モアがいかに高潔だったかが伺える。
ヘンリーは一番信頼できる人物を殺してしまったのですね。


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

リンカーン [歴史絵巻・文芸作品]

満足度★70点

リンカーン [Blu-ray]

リンカーン [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
  • メディア: Blu-ray




■平和か、正義か

あまりにも有名な奴隷解放宣言。
しかしそれは、法的に平等を約束するものではなく、効力もほとんどなかった。
彼が本当になした偉大な功績は、「アメリカ合衆国憲法修正第13条」の可決。

原文「第1節 奴隷制もしくは自発的でない 隷属は、アメリカ合衆国内およびその法が 及ぶ如何なる場所でも、存在してはならない。ただし犯罪者であって関連する者が正 当と認めた場合の罰とするときを除く。
第2節 議会はこの修正条項を適切な法律に よって実行させる権限を有する。」
映画はこの憲法修正案を可決するまでのリンカーンの戦いを描く。
南北戦争中に可決されたこの修正案、大多数の日本人にとっては、知られていない話なのではないだろうか。

「人間は平等であるべき」という信念のもと、修正案を通過させたいリンカーン。
しかし泥沼化した南北戦争に終焉がみえはじめ、折悪しく南部が停戦を申し込むという噂もたち、修正案を通過させると奴隷制を維持したい南部が徹底抗戦に翻る可能性があった。

側近達も「平和か正義か」を秤にかけたときに、南部との平和に傾きかける。
それでも揺るがないリンカーンは、側近達に敵対勢力の民主党の切り崩しに取りかかるよう命じる。
賄賂を使ったり和平を結びに来た南部の使者の存在をもみ消したりして、要するに裏工作させるのだ。

平和か正義か、正義のためなら多少の悪も許されるか。

卑怯者になりたくない!と軍に参加してしまった長男や、次男をなくした哀しみから戦争を早くやめてと哀願する妻に悩みながらも、それでも一時の平和より正義を選ぶリンカーン。

色々考えさせられます。

それよりも印象に残ったのは急進派のスティーブンス議員。
「黒人に選挙権を」という奴隷解放どころか何段階も飛び越した「過激な」主張をもち、長年冷笑と嘲笑に蔑まされてきた彼が、リンカーンに「まずは修正案の通過に協力を」と説得される。

ややこしいところだが、リンカーンとスティーブンスは思想のベクトルは一緒でも、スティーブンスは修正案の内容には不満だったらしい。浅学なので誤った見解かもしれないが、修正案は奴隷を禁ずるだけであり、「どの人種も生まれながらに平等である」ことを保証するものではなく、「生まれながらに平等である」ことは要するに選挙権なくては国民とはいえないから…ということだと思う。

そんなスティーブンスが、民主党議員から議会で証言を求めらる。
「あなたが求めるのは、人種の平等か。それとも、法の下の平等か」

もちろん民主党員は彼が「人種の平等」を望んでいることを知っていて、修正案を通過させないため、党を越えた「リンカーン派」の牙城を崩すために発した質問なのだが、スティーブンスは「法の下の平等」と答えるのだ。
心の血を流しながら。

スティーブンスの決断に心打たれながらも一方で、立法主義であるアメリカの本質的な姿が際立った一場面でもあった。
ダニエル・デイ・ルイスとスティーブンを演じたトミー・リー・ジョーンズ、二人の名演が光る。
派手な演出はなく地味だし、一言も漏らすまいと真剣に見ていないと、議会で繰り広げられていることの重大さに気づきにくい。

リンカーンの黒人メイドは言った。
「解放されたらどうする?」と言う問いに「わかりません。自由になることに必死で、その先の道は誰も示してくれなかったから」と。

未来を怖れて一歩を踏み出すことを躊躇せず、法が間違っているのなら、その法を変える勇気や信念を持つこと。
この映画のリンカーン像が実像とどれだけ近いのかはわからないが、民主主義とは何かということを一考させられる映画だと思う。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

ノア 約束の船 [歴史絵巻・文芸作品]

★満足度70点


【Amazon.co.jp限定】 ノア 約束の舟 ブルーレイ+DVDセット (Amazon.co.jp限定ブルーレイ特典ディスク付き)(3枚組) [Blu-ray]

【Amazon.co.jp限定】 ノア 約束の舟 ブルーレイ+DVDセット (Amazon.co.jp限定ブルーレイ特典ディスク付き)(3枚組) [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
  • メディア: Blu-ray

 

noa.jpg

 

ブラック・スワン [Blu-ray]

ブラック・スワン [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
  • メディア: Blu-ray

■箱舟という密室サスペンス

ノアの幻視や、アダムとイブの子孫の持つ、神の遺伝子ともいうべき超然とした体力や神通力などが、抽象的でことさら大げさに描かれないところがいい。
あくまで人間として描いているが、人間を少し離れたところにいるような。

一番気になっていた、箱舟伝説で一番有名な場面である、動物達を集める様子をどう表現するのかと考えていたら、勝手に番(つがい)としてやってきた(笑。これには拍子抜けもあるし、ノアの手柄としなかったことにほっとしたような気もするし。
箱舟を作る材料として森林が生えていくなど、その辺は変に新解釈をこじつけず、神の「みわざ」として直接的に描いている。

大洪水が起こるまではありきたりなノアの物語だったが、そこから【ブラック・スワン】で魅せたダーレン監督の手腕が発揮される。聖書の荒唐無稽な世界から一転、密室サスペンスに。

まさか、神の意志を遂行しようとするノアと、産まれてくる子どもを守る家族との精神的な闘いになるとは思いもよらなかった。
神はあくまで「人間の滅亡」を望んでいて、次男・三男は妻を娶らずに寿命が尽きたら死ぬのだと説き伏せていたノア。
そこへ長男の妻が妊娠し、激高する。
なぜなら神の意思を貫く為には、自分が殺さなくてはならないから。
崇高な命令を全うすることのみを目的とした彼は、どんどん狂気じみていく。

家族が馬鹿みたいに手放しで妊娠を喜ぶ様をみて、ノアは心底自分たち人間が愚かだと痛感する。
箱舟が完成し、人を見殺しにした罪悪感に耐えに耐えていたこともあるが、ノアは自分も含め、いつカインのようになってもおかしくないと悟る。ここにキリスト教の絶対的な性悪説が感じ取れる。

「善良な人間だから神に選ばれたのでは?」と問う家族に「任務を遂行できると思ったから選ばれた」と答えるノア。

本来の聖書ではノアと息子たち3組の夫婦が箱舟に乗り込んだことになっている。
そこを変更し、息子の妻となる娘は幼い頃ノア一家が拾った孤児、恋人のいる長男をうらやむ思春期の次男、まだ子どもの三男という設定にしたことが、このサスペンスを生む。

妻を娶りたい次男ハムは「子孫を増やさない」と固く心に誓うノアとことごとく対立する。
そこへ「生きる権利を勝ち取るのは人間だ」とこっそり乗り込んでいたカインの末裔に唆される。
最後にノアの元を離れるハムは、ある意味純粋ではあるものの、自然界を駆逐し貪るように増えていく、これからの現代の人間を示唆するものがあった。

聖書をそのまま表現するよりも、ずっと人間くさい葛藤を描いた、この脚本はうまいとおもう。

ただ、ノア一家の周囲や祖父の住む山までの道のりが徹底して荒野だっただけに、他の人間の営みがちっとも垣間見えなかったこと、それにより洪水で浄化させる人間達が、生活感の乏しい記号化された存在としか捉えることができず、ノアが置き去りにした人間たちへの苦悩が全く感じられなかったこと、カインの末裔が高度な精錬技術を有したとは思えないことなどが、残念。

失楽園の原因となった蛇の抜け殻が、聖書に伝わる「ノアの一子相伝の秘術」という点や、ノアの箱船を手伝う堕天使(ウオッチャーとしたのは些か不満も残る)が、死ぬことが解放=神の元へと還るという構図がうまいと思った。

ラッセル・クロウが一人で佇んでいるとオーストラリア開拓史の物語にやや見えてしまうところを(笑)、ジェニファー・コネリーの、どの時代にも当てはめられない品格と神秘的な風貌が補っている。
双子を妊娠するイラ役のエマ・ワトソンの演技もすごい。女優陣の演技がなければ、ラッセルの存在感だけが際立ってしまっただろう。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

カストラート [歴史絵巻・文芸作品]

★満足度65点


■弟依存症の兄との増愛の物語

伝説のカストラート、カルロ・ブロスキの人生を追った伝記映画
というより、兄弟の愛憎の物語といったほうが正しいかもしれない。

美声の持ち主の弟と、才能が無い作曲家の兄。
兄は自分に才能が無いのを無意識に自覚しつつ、いずれ大成すると豪語して、弟の今ある姿は自分のおかげだと言い聞かせる。
いるなぁこういう奴、と辟易。
捨てられるのが怖いだけなのに、恩着せがましくて、腰巾着は自分の方なのに、弟との才能の開きを見せつけられると癇癪を起こす。挙げ句の果てには弟に対してストーカーまがいの行為まで。
弟の睾丸をとったのは自分なのに、罪滅ぼしで種を補い弟に子孫を残すと、自分はようやっと作曲家の道を諦め死地(戦場)へと向かう。

とまあ、勝手極まりない兄だが、このように今作品では悲劇の比重は兄に置かれる。
凡人が才人に振り回された人生を描いたともいえなくもない。

カストラートの弟は、意外にもまっとうに野心的で、明るく開放的だ。
男としての人生を幼い頃勝手に奪われたカルロは、その張本人が兄とも知らず生きてきた。
性器がなくても世界を魅了できるとばかりに甘美な歌で女性の心を虜にし、子孫繁栄能力が無くても女性をベッドで喜ばす。有能な作曲家の楽譜を盗み、自分の声を兄以外の土俵で試してみたいと願う。
貴族の館やオペラハウスでの豪華絢爛な衣装や舞台美術食器類などがけばけばしくも美しい。

実際のカストラートの録音は、20世紀初頭のアレッサンドロ・モレスキという人で、実質最後のカストラートだと言われているそうだ。
カルロ・ブロスキの活躍したのは1700年代なので、どこまでが真実かはわからないが、声のために人生を翻弄された陰の歴史として非常に面白かった。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

カラヴァッジョ~天才画家の光と影 [歴史絵巻・文芸作品]

★満足度70点

カラヴァッジョ~天才画家の光と影~【完全版】 [DVD]

カラヴァッジョ~天才画家の光と影~【完全版】 [DVD]

  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • メディア: DVD

■画家を襲うトラウマとは?

劇中のカラヴァッジョのひどい死に様に驚いた。実話かどうか調べてみると、ローマへ許しを得る旅の途中で熱病に冒されて死んだとあったので、どうやら創作らしい。
ただ、波打ち際に打ち捨てられた彼の姿は、今までの行いの報いでもあり、自分を曲げることのできなかった男の末路を象徴的に表しているともいえる。

バイセクシャルで破天荒で、起こさなくてもいいトラブルを常に引き起こし、権力にへつらうことがない人物像は、正に神経質な天才肌のステレオタイプ。
枢機卿という大・大パトロンが自由に寛大に接してくれていたのにも関わらず、しょっちゅう泥酔しては喧嘩して尻拭いをさせ、はたまた高級娼婦を巡りその情夫と決闘の末殺害してしまったりと何かと破天荒。

挙げ句の果てに死刑宣告が下されるが、懇意にしている貴族の力添えでマルタ騎士団に入り、事なきを得る(騎士団にはバチカンの権力さえも届かないという中立性が面白い)。

しかしそこでも挑発されて上級騎士に怪我を負わせてしまう。
命がいくらあっても足りない、正に自業自得。

自画像ではあまりハンサムとはいえないカラヴァッジョだが、劇中では割とハンサムで、イノセントさ故に自分を抑えることができないという、母性本能をくすぐる魅力的な男に変貌。

初期に登場する友人のマリオも恋人として描かれている。

しかし天才というのはどうして普通に過ごせないものなか。
凡人はその命の無駄遣いを惜しむが、非凡とは得てしてそういうものかもしれない。

過敏で繊細だからこそ、感情のエネルギーをどこかにぶつけたい、その「飢え」こそが創作意欲。
だから天才に心の平穏はなく、平穏であれば飢えは起こらない。
天才は欠点だらけだし、また欠点なければ天才とは言えないのかもしれない。

いつまでも若々しい青年のような情熱が、大勢の女性から愛された理由なのかも。

惜しむらくは、再三悩まされてきた「黒衣の死神」のようなビジョンの原体験の描写や創作が乏しく、感情移入を遠ざける遠因となっている。

しかしカラヴァッジョの作品を投影した映像は巧みで、美しい。
神に人間性を投影した彼は、光こそ神聖を帯びたものなのだと直感的に筆を走らせたのだろうか。
光が差す陰こそが存在を示すものだと言いたいのだろうか。
カラヴァッジョの絵画は、闇ではない部分があまりに艶々しい。
この映画は、彼を学ぶに最良の教科書だった。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

レ・ミゼラブル [歴史絵巻・文芸作品]

★満足度100点

bg.jpg 

突然踊り出したり、歌い出したりして、その違和感でミュージカル映画が苦手な人もいるだろう。
私も、【チキ・チキ・バン・バン】など、ミュージカルならではの楽しさを提供する映画ならまだしも、わざわざ別録音でミュージカル映画にする必要性があるのかと、首を捻る事も多い。

しかし今回は違う。
歌のもつ訴求力があまりに凄く、涙腺は弛みっぱなし、胸は何度も熱くなり、余韻で座席を立てない程だった。

今回は、その場で演じながら歌い、それを撮影するという生録音方式がとられているため、俳優の熱のこもった歌と演技がそのまま感じられたのが、成功の要因。
クローズアップも多用され、俳優たちの表情から息遣いまで伝わる。
全員の、役への入り込みようは凄い。

私は、今までミュージカル映画はアフレコなのだと思っていたら、先に歌と演奏を録音して、それに合わせて演技パートを撮影するというのが主流だったそうだ。
だから、演技と声の表情がちぐはぐだったり、後から演技のアプローチを変えたくてもそれができず、演技に制約が出てしまっていたのだそうだ。
なんて勿体ない!
今度から、俳優の歌唱力さえ許せば、生録音が主流になるかもしれない。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

ジャンバルジャンの生きた時代は、フランス革命の後、ナポレオンの更盛も終わり、衰退の時期。
後半、学生運動のくだりは、ジャンバルジャンの存在が霞むほど熱いドラマが繰り広げられるが、つくづく日本との違いを感じる。
フランスでは、民衆の手で王家を滅ぼし、政治を民衆の手で模索し始めた。
日本では明治維新が近代化の先駆けとはいうが、武士という言わば官僚たちのクーデター。民衆は醒めた目で事の経過を眺めていたという。
どちらがいいか悪いかを判じたいわけではないが、民衆が国のルールを変えてもいいのだ、という意識はフランスの方が強く、決められたことには従うものという日本との温度差が、この時代決定的になったのだと感じる。

パンひとつ盗み、脱獄を図った罪で、20年以上の刑期に処されたジャンバルジャン。
何万人も存在しただろう罪人の中で、ジャンバルジャンは小粒だと思うが、なぜジャベールはあんなに執拗に追ったのだろう。
ジャンパルジャンとジャベール。
対照的な二人のドラマが、キリスト教的な「赦し」と「罪」というテーマを内包して全編貫かれる。
ジャンパルジャンが性善説に基づく生き方をしているなら、ジャベールは性悪説信奉者。

複雑なジャベールの心理がこの映画の肝だと思うのだが、受け取り方は人それぞれだろう。
独白で、自分も罪人だったが這い上がってきた、いうセリフがあったが、もしかして彼はジャンバルジャンと同じ様な目にあいながらも、そこから今の地位を築いたのかもしれない。
そして、出頭無視したジャンバルジャンが市長になったのが許せなかったのかもしれない。
罪人の本性は変わらないと疑い続ける彼は、自分自身をも常に疑い続け、法に徹底的に殉ずることによって、法によって決定付けられた自分の人世を正しいものに定義したかったのかもしれない。

法は生物で、変えてもいいということになれば、法によって裁かれた自分はいったいなんなのだ、という思いもあったのかもしれない。
そう考えれば、法を破って市長にまでなったジャンバルジャンが憎かったとしても不自然ではない。

しかし彼はジャンバルジャンに「許されて」しまった。
互いに憎みあっていると思えるからこそ、ジャンバルジャンへの執念は揺らぐことはなかった。
法に固執するあまり無味乾燥な人世を送ってきたジャベールは拠り所をなくし、信念も揺らぐ。

しかし彼の死は、アンジョルナスらの大いなる未来に向けての信念の死の前では、矮小な出来事でしかない。
凄い対比だと思う。

より良い社会を、人間の尊厳を求めて闘ってきたアンジョルナスやジャンバルジャンらの魂はひとつに縒りあって、民衆の歌へと昇華する。
すぐに結実しなくとも、その魂はコゼットら子孫や幾人かの民衆に種子を残す。
それが死んでも心に生き続ける、ということなのだろうと思う。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

リーアム・ニーソン版のレ・ミゼラブルは、全体に抑制のきいた演出。ジェフリーラッシュの演技は、ラッセルクロウとはアプローチが違うと感じた。

失敗すれば異様な執着心をもつ矮小な男になるところを、ただ一つの行いをひたすら求める男の姿に昇華させた。
その姿はひたすらお上に忠実で、法度に厳格な武士、を彷彿とさせた。
武士の情けをかけられた自分を恥じ、わざわざジャンバルジャンの前で手錠をかけて川に飛び込む姿は、まるで切腹のよう。潔いジャベール像だと思う。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

スパルタカス [歴史絵巻・文芸作品]

★満足度95点
 

スパルタカス [Blu-ray]

スパルタカス [Blu-ray]

■人間の尊厳を問う、重厚な作品
人間の尊厳を問う、これ以上の単純で奥深い話は、他のあらゆるジャンルを凌駕する。
こういった重厚な作品を見てしまうと、他作品が子供だましのように思えてしまう。
昨今、無駄な台詞を流暢に話す事が「上手い」といわんばかりに、愉悦に浸った上滑り演技や過剰演技が多い中、台詞は少ないものの有り余る人物の情感をきちんと表現できる、この時代の役者は凄い。
クラッサスとの決戦前夜、バレリアに「君が隣にいるのにとても孤独だ」と吐露するシーンや、磔になった足下に来たバレリアに向けるなんとも言えない表情。
バレリアが「この子は自由よ」と言った時、きっとスパルタカスは、一個人の幸せを超え、奴隷として扱われ死んでいった同胞たちとの今までの道のりが、自分の子供に収斂されてローマに一矢報いた気持ちになっただろう。
 
またこの映画には、運命の皮肉ともいうべき、胸を打たれるシーンが随所にある。
 
まず、スパルタカスが黒人奴隷ドラバに破れた場面。
真剣勝負なので止めを刺さなければならないが、彼はそうしなかった。
三つ又槍の使い手・エチオピア人 ドラバは、初めてスパルタカスが養成所に連れてこられた時、「いつか互いに殺し合う日が来る。だから俺の名前は言わないし、お前の名前も聞かない」と言っていた。だが彼の中で崇高な何かが育っていたのだろう、意を決したかのようにクラッサスに襲いかかるのだ。このときの彼の行動が、スパルタカスの生き方を決定的づける。
もし、スパルタカスが勝っていたら、ドラバを殺していたに違いない。
闘技場に出る前、スパルタカスはそわそわして落ち着かずドラバを窺っているが、ドラバは悠然としている。ドラバが死んだからこそ、スパルタカスという人間が誕生するのだ。
 
また、クラッサスに捕まった元クラッサスの召し使いアントナイナスとスパルタカスが闘わせられるシーン。
「生き残った方を磔にする」とクラッサス言われ、アントナイナスとスパルタカスは互いを苦しませたくないと真剣に殺し会う。その姿は、他の者には、忠義と友愛を忘れた哀れな同胞ら-という風に映るだろう。なんとも皮肉だ。
 
クラッサスに見そめられてしまったスパルタカスの愛妻・ヴァリニアを助けた政敵のグラッカスは、その後クラッサスの命でカエサルに殺されてしまう。
これから元老院の停滞と廃退を一刀両断するカエサルとスパルタカスの対比は面白い。
 
なぜ、スパルタカスがこれ程の求心力を得たか。
捕らえたローマ兵士を、自分らと同じ目に合わせようと互いに戦わせる奴隷たちを戒めたシーンでわかるように、あくまで闘いをもってローマに復讐したいわけではなく、一方的に付与された奴隷という立場からの「解放」のみを求めていたからだろう。
しかしローマはそれを許さなかった。武力には武力をもって「制する」しかない。
これはなんて辛く、面倒なことだろう。争うつもりがない者にとっては、気力を振り絞らなければ、怒りを奮起させ持続させることは難しい。
 
執拗に追い詰めるクラッサス軍にとうとう負けたスパルタカス勢。
クラッサスは「誰がスパルタカスか、教えた者は赦す」という。
だが口々に「私がスパルタカスだ」と名乗る男たちが立ち上がる。
独裁者でも主人でもない。あくまで皆の代表者であり続けたスパルタカスは、民主主義というものを教えてくれる。
クラッサスが恐れたのは、スパルタカスそのものではなく、スパルタカスを通して体現されようとしていた奴隷無き平等と民主主義という思想そのものだったのかもしれない。
監督をてがけたキューブリックは自分の作品とは認めず、この映画を酷評していたが、私は力強くいいストーリーだと思う。確かにキューブリックが表現したいこととは違う、オーソドックスな歴史作品だとは思うが、長編だけどもだらけないまとまったいい映画だと思う。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

血の伯爵夫人 [歴史絵巻・文芸作品]

★満足度80点

ElizabethBathory3.jpg

ジュリー・デルピーの崇高な美しさに酔う

処女の血を浴びて美貌を保ったという悪名高きエリジェベート・バートリ。
彼女の伝説は本当だったのか。
若き恋人イシュトヴァンの回想録で物語は始まる。
エリジェベートが陥れられた主人公としての視点ではない。あくまで、イシュトヴァンがエリジェベートと出会い、直接会話された部分が映画の「真実」で、彼が父の謀略により引き離された後のエリジェベートの兇行は「父から聞かされた話」による想像でしかない。
要するにイシュトヴァンも私たち観客も、彼女を信じるか信じないかは己次第なのだが、語り手であるイシュトヴァンは彼女を信じきる意志がなかった。

この映画は、イシュトヴァンによる想像と現実のつなぎ合わせがうまい。一連の流れがとても自然だ。
バートリが恋に落ちるまでは恐ろしい程テンポが速く進む。
やはりそれもイシュトヴァンがエリジェベートに出会うまでの、誰かから「聞いた話」だからだと思う。
その後、二人が愛し合う過程は言葉少なだけれども丁寧に描かれ、イシュトヴァンとの仲を引き裂かれた後、彼に捨てられたと勘違いし気が触れるエリジェベートのくだりはまさにサイコホラー。
数年後に彼女を捕らえに行く命令をうけたイシュトヴァンとエリジェベートとの再会によって、再び映画上の「真実」パートが始まるのである。

夫の留守中の荘園運営を預かり、インテリで、決して派手ではないが、透き通るような美貌を持ち、貴族からも一目おかれている。
彼女は子どもの時から冷徹な洞察力があり、好奇心の旺盛な人だった。
植物の種が芽を生やすなら、インコを植木鉢に埋めたらどうなるのか―。
一見冷酷な行動も、彼女にとってはただの実験でしかない。
こういった行動はのちに成人してから侍女としてレズビアンの相手として魔女を侍らせ色々な化粧品や薬を処方させたり、処女の血を浴びると若返る効能を「発見した」と思い込む行動に説得力をもたせる。

エリジェベートは若い時にも一度召使(農夫?)との仲を引き裂かれている。
その男が目の前で殺されても、取り乱すことはなかった。
寧ろその時には愛は消え、無様に殺されるしかなかった能力の低い男への憐憫と、どうにもならないものへの執着は自分自身のためにも絶つべき、とでもいうような達観した眼差しを寄せていた。
しかし無慈悲で残酷だったわけではない。戦場での負傷者のための救護院を建設したり、国庫が足りない王に金銭を融資したり。肥え太るカトリック神父を侮蔑し堂々と寄付を断ることもできる、この時代には珍しい自立した女性だ。

そんなエリジェベートが、武勇の誉れ高き夫が熱病であっさり死んだ後、若きイシュトヴァンと一目をはばからず恋に落ちる。
これが彼女を陥れようとするイシュトヴァンの父親や、財産を没収したい国王の側近に絶好の機会ではなかったと何故いえよう。
見終わってみると、やはりいくら何でもあのエリジェベートが夜な夜な処女を血祭りに…?と思わずにはいられない。

結局、幽閉される際のイシュトヴァンに向けられた彼女の目が、この映画での真実を物語っていたと私は思う。

イシュトヴァンは捕らえるはずのエリジェベートと茵を共にしてしまった程慕情があるにも関わらず、父や側近の言葉に抗うこともできずに彼女の幽閉に加担しまうのだ。
彼女の目は若い時と同じように、侮蔑と愛情と達観に満ちていた。
愚かな男たちへの憐憫とでもいうような。
それを可能にしたのはジュリー・デルピーの崇高な美しさ。老いても滲み出る色気が、この作品のエリジェベートを可能にした。監督・脚本など主要パートは全て一人で担っている。凄い才能だと思う。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

レッドクリフ Part II 未来への最終決戦 [歴史絵巻・文芸作品]

★満足度70点

レッドクリフ2.jpg

レッドクリフ Part II -未来への最終決戦- [Blu-ray]

レッドクリフ Part II -未来への最終決戦- [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: エイベックス・マーケティング
  • メディア: Blu-ray

おおむね楽しめたんだけど、「大味だなー」という印象。
三国志を詳しく知らない私でもそう思うのだから、知ってる人は薄っぺらいと感じるのでは。
疑問なのは小喬が作戦を知ってて単独行動に出たのか、それも周ゆの作戦のうちだったのか(女性を使うとは思えないが)。
風向きを知っていて引き止め作戦に出るという計画なのなら、あの団子のシーンの冗長なこと。ちょっと鼻白んでしまった。
さらに残念なのは曹操の知力のかけらも描かれなかったこと。
割と曹操が気に入ってしまったのだが、あれだけの大軍を率いる将として、水軍が攻撃された後何も打つ手なしというのは無いだろう。きっと原作ではもっと駆け引きがあったんじゃないか?
俳優のオーラは伴っていたのだから、余計惜しい[もうやだ~(悲しい顔)]

尚香が敵陣に忍び込むのもいいけど、あれで女だとばれないのもちとキツイ[ふらふら]
信頼を通わせる男が「ほんとは女だと気づいていたが…」という(顔をするとか)シナリオの方が(ベタだけど)まだグッとくるような。

爆発シーンの轟音で少し気持ち悪くなってしまったので評価が低いのかもしれないけど、少し冗長的・男たちのドラマが薄っぺら過ぎました。見せ方がカッコいいだけに惜しい…[ふらふら] [たらーっ(汗)]
諸葛孔明は、前線にはたたないのね(笑
小中高生向け。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画
前の10件 | - 歴史絵巻・文芸作品 ブログトップ